AI KOWADA GALLERY

EXHIBITION

矢吹健巳

"gengetsu"

2015.07.02(木) -
2015.07.12(日)

『見えすぎるのは良くない。
私は見たくないものは隠すことにした。
写真はなにもかもが見えすぎる。見えすぎるのはよくないことだ。
現実は、このぐらいの表現で見せるのがちょうど良い。』

AI KOWADA GALLERY(東京、渋谷)では写真集の刊行と合わせ、コマーシャルフォトグラファーとして活躍する矢吹健巳(b.1982)の写真展、”gengetsu”を開催致します。矢吹健巳は、写真表現における「見えないもの、隠れているもの」や「無視されているもの」について問い続けてきました。そのテーマのもとで撮影された、50人のアノニマスなモデルたちのポートレート作品シリーズ”gengetsu”が、写真集として発表されます。
”gengetsu”において、矢吹は街中でランダムに声をかけた人々をモデルとし、極めて短い時間で、あえて彼らとの距離を一切縮めず、「赤の他人」というスタンスのまま撮影に臨んでいます。
さらにポラロイドを独自処理したネガフィルムをプリントするという例のみない写真技法を用いて、撮影したモデルたちの顔や体の一部を黒く塗りつぶし、意図的に隠蔽するのです。今回は”gengetsu”シリーズから 抜粋、 作品化した展示となります。
「このモデルたちはいったいどんな背景を持ち、どんな顔で、どんな表情をしているのか?」
等身大にプリントされたモデルたちと対峙するインスタレーション。それは鏡のように我々を投影します。




普段使っているデジタル機器にとって水は大敵なので、私たちは忘れがちなのだけれども、写真技術には元来、水気が不可欠だった。

例えば、フィルム表面や印画紙を覆う薬剤のぬめり気を思いだしてみよう。また、現像液の中からイメージは文字通り濡れながら浮かび上がり、
液体とイメージが触れた部分は時に一種の航跡もしくは淀みとなってイメージ上に刻まれる。暗室作業を経験すると、流動的な液体の中にあってイメージだけが動かないのが不思議とすら感じられる。

矢吹の写真集『gengetsu』を初めて開いた時、私は人の姿がぶわっと前にせり出してくるような印象を覚えた。実際は、黒いシミ状のものがイメージの上に重なっているのに、見知らぬ誰かがその黒い靄の下から本を開く私へと迫ってくるのだ。青みがかった背景のせいだろうか。液体の跡がところどころに見えるためだろうか。あたかも水中にくぐもっていた人間が不意に水面に浮かび上がってきたようである。

こうして彼の作品はその湿り気によって、写真の起源をも想起させる。写真は元々ぬらぬらと水気を帯びたものだったのだ。そして、人の身体もまた水を多分に含んでいることは言うまでもないだろう。

愛知県美術館学芸員 中村史子




Photo credit:
​"​no.79​"​ 2014
type c-print​ ​750​mm​x550mm
© takemi yabuki Courtesy of Ai Kowada Gallery

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