あなたは美しい
写真は、その誕生と同時に真実を写す魔法のメディアであると思われてきました。しかしそれも今となってはもはや過去の神話であると、だれもがそれを疑うことはありません。
写真以前のいにしえの時代から、人は化粧や肉体改造、タトゥ、さらには美容整形などを駆使し、少しでも美しくありたいという願望の実現に邁進してきたことも事実です。
そしてデジタル技術が進化した現在、写真は画像処理を駆使し映像上でもその理想の美を追求することに余念がないようにみえます。
それほどまでに現代人にとって真実とは見るに値しないものなのでしょうか。
人はありのままでは美しくないというのでしょうか。
私は思いついて人の身体を高精細なデジタルバックで撮影し、まったく手を加えることなく可能なかぎり拡大してみました。
そこで得たのは、野山に入って草むらに潜む小さな生き物を発見するかのような感覚です。
しかもそうやって道行く人たちを見てみると、年齢や性別に関わりなくあらゆる人が魅力的な存在に見えてきたのです。
そんな時代に逆行するかのような実験に理解を示し被写体となってくれた人たちに対して、私は敬意を表すと同時に素晴らしいと讃辞を送りたい。
あなたは美しい、と。
伊島薫
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この度、アイコワダギャラリーでは伊島薫の新シリーズを発表いたします。
伊島は広告写真の第一人者として活躍する一方で 80 年代より作品制作を始め、特に木村佳乃などを起用した「死体のある風景」シリーズでは高い評価を受け国内外で個展を数多く開催してきました。
特にトイツ、イキリス、イタリア、アメリカなど欧米各地では大きな反響を呼び、特に 2000 年以降は毎年各地で個展が開催されています。 また、2012 年には展覧会のメインビジュアルとしても起用され、その作品か大きな存在感を示した豊田市美術館「カルペ ・ディエム」展は約 2 万人を動員し、各方面で話題を呼びました。
2010 年のニューヨーク以来 3 年ぶりとなる今回の個展では、人体の「美しさ」とは何か自らに問い続けてきた伊島独自の視点から生まれた新シリーズを発表します。このシリーズでは高精細なデジタルカメラで、私たちの身体をありのままに写すことで「正直な」人体のヒシュアルに迫りました。
肌に残る古い傷跡や毛穴のひとつひとつまでも容赦なく捉えたこれらの作品は、私たちの嘘偽りのない姿を直視する初めての経験となるでしょう。また本展は、幼い子とものころから持ち続けてきた人の身体に対する率直な好奇心への最もシンプルな答えを提示しているとも言えます。
しかし、初めて目の当たりにする「正直な」の人体の持つ恐ろしいほどのリアリティは、戸惑いとともに「果たして私たちは美しいのだろうか」という疑問をひとりひとりの内に呼び起こさずにはいられないでしょう。伊島は「これは私かもしれない」と思わせるほど観客と近似したモテルを起用することで、美しいのだろうかと疑い始めた対象が写真とその中のモテルたちではなく、 実は作品を鏡にした私たち自身という構造を巧みに作り出しています。
伊島の新しい表現世界をこの機会にぜひご高覧ください。
企画協力:現代写真研究準備室