前田圭介は国内のみならずデンマークやオランダなどで開催された個展でも、国内外のコレクターの注目を集めてきました。繊細なタッチのペインティングや独自に確立した技法によるドローイングはアメリカやヨーロッパの数々のアート・フェアでも高い評価を受けています。
前田は高校の美術科で学んだ基礎技術を基に、自らの作風を確立させてきました。美大といった高等教育から自由だからこそ生み出すことができた斬新かつオリジナリティ溢れる技法は、確かな技術と緻密な作業に基づいており、前回の個展(於hiromiyoshii、2010年)では「描くこと」の本質に迫った展覧会として大きな反響を呼びました。
今回の展覧会で前田が表現しようとしたのは、「彷徨う魂」とそれらへの「鎮魂の祈り」です。 3.11震災の衝撃とその後の混沌とした社会のなかでよりどころを失い、説明のつかない不安の中をさまよう人々の魂を描こうとしたとき、題材に選んだのはフクシマの夜の海でした。前田は夜の海が次々と表情を変えてゆく様に、人間の抱える醜さ、美しさ、愚かさ、尊さを残酷なまでに浮かび上がらせた3.11とそれに続く日々を重ね合わせたと言います。掻き立てられるような不安や迫り来るような不気味さ、そして祈りの詩を奏でる海はまさに人々の心象風景であり、遠くにごくうっすらと広がり始めた光を映し出す海は、同時に前田自身の祈りの形ともなっています。
前田を代表する作風のひとつである、柔らかで滲み出るような光に包まれたドローイングは、ぼやかすのではなくごく細い実線によって陰影をつける古典的な技法、ハッチングと色鉛筆を組み合わせることで生まれました。本展では夜の海のほかに、目を伏せかすかに首を傾けた少女のポートレイトもご紹介します。「鎮魂の祈り」をひとりの少女に具象しながら、その一方で他の作品同様に「untitled」と題された少女のポートレイトは、その不特定性ゆえにアノニマスな祈りを表現していると言えるでしょう。絵の具を薄く何層にも塗り重ね、前田特有の漆のような深みと艶を持つペインティング作品は「虹を構成する七色の可視光のうち、いちばん波長の短い光だから。わずかでも希望の光が見えますように、という祈りを込めて」選んだという紫を基調としています。この機会にぜひご高覧下さい。
例えば 311ページの夜
どんな見覚えのない嘘にも驚かないように
そっと準備をして そっと準備をして
深く瞳を閉じて
深く 深く もぐってみよう
かすかに見える 紫色の光
遠くの公園から亡霊たちの遊ぶ声が聴こえる
大きな海の揺りかごは 絶望には終わりがある と囁いた
放射冷却の夜は 永遠には始まりがある と教えてくれた
かすかに見える 紫色の光
2012年 前田圭介